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すでにご存じの方も多いでしょうが、ちょっと驚きのニュースです。

日本でも人気の高いコロナビールの創設者であるAntonino Fernández(アントニーノ・フェルナンデス)氏が今年の8月に99歳で亡くなられました。

25日のニュースによれば、アントニーノ氏の遺書により、彼の故郷である北スペインのCerezales del Condado(セレサレス・デル・コンダド)の住人80名の暮らしと村の改善のために1億6900万ポンド(日本円にして約238億円)もの巨額な遺産を残すということを発表されたそうです。

現在モデロ・グループの生産するコロナビールは米国輸入ビールの中でも第二位に位置しており、年間売上高は6億9300万ドルにも及ぶと言われています。

今でも稼働しているグアダラハラのコロナビールの醸造所建設も彼が担当していました。メキシコでもっとも人気のあるコロナビールだけでなく、スペインへはコロニータ・ブランドとして打ち出し、莫大な輸出を獲得しています。

 

またアントニーノ氏は慈善家としても有名な方で、前スペイン国王ファン・カルロス一世にもその活動を称えられています。

祖国を忘れずに彼の行った慈善活動は、故郷のあるレオン州では障害を持った若者に対して雇用を支援する組織、Soltra(ソルトラ)を設立。メキシコでは彼の妻の名前からとられた組織(Cinia)が活動しています。

2009年には故郷の地にて「セレサレス・アントニーノ・シニア財団」を設立。これは田舎であるセレサレス・デル・コンダドのイニシアティブを支持する組織です。

このような数々の慈善活動が認められスペイン国内でも有名な人物となっています。

 

ここからは彼の略歴を少々。

13人兄弟の一人として1917年に生まれたアントニーノ氏は14歳で学校を退学しなければならないほどの貧困の中で生活していました。

その後は農場で働き続けていた彼は、1936年~39年のスペイン内戦の後、北スペインに引っ越した彼はCinia Gonzalez Diez(シニア・ゴンザレス・ディーツ)と結婚。彼女との結婚がその運命の転機になりました。

1949年、彼女の叔父が所有していたメキシコのモデログループの醸造所で倉庫従業員として働かないかと持ち掛けられます。

この時メキシコへの移住を決めたアントニーノ氏は順調に出世を続け、1971年にはCEOに昇格。1997年までCEOを務め上げた彼は2005年まで理事長の座、その後2016年の今年8月まで名誉会長として責務を果たし続けました。

CEO、理事長を務め上げた彼の役割は、甥であるカルロス・フェルナンデス・ゴンザレス氏に引き継がれています。

 

 

私自身、始めは約238億円もの遺産という数字に惹かれてしまいましたが、調べているうちにアントニーノ・フェルナンデス氏の活動やその生涯の魅力に惹きこまれました。

このような大人物を知らずにコロナビールを呑んでいたのは恥ずかしいと思ったくらいです。

コロナビールをここまで大きくした功績、その生涯や慈善活動にかける熱意。そして最後まで故郷を思う気持ち、アントニーノ氏を見習って大事にしていきたいと思います。

 

ちなみになんとも羨ましい話ですが、住民の方80名には一人2億円以上分配されるそうです。今後のセレサレス・デル・コンダドの発展を祈りましょう。

そして今日はコロナビールで献杯。